「俺がいないと回らない」は、経営者の勲章ではない

「うちの会社は黒字だし、社員もついてきている。自分が元気なうちは大丈夫だ」

もし、そう考えているなら、一度立ち止まってください。

あなたが現場の先頭に立ち、顧客対応から技術判断、資金繰り、採用まで、すべてを背負ってきたからこそ、会社は今日まで生き残ってきた。その努力は否定されるものではありません。

しかし、かつて会社を救ったその責任感が、いまは会社の未来を止めているかもしれません。

社長がいなければ仕事が止まる。重要な顧客は社長にしか連絡しない。技術の判断基準は社長の頭の中にしかない。社員は何かあるたびに「社長、どうしましょう」と指示を待つ。

それは強い会社ではありません。社長という一人の人間に、経営リスクが集中している会社です。

例えば、長年社長の勘と経験だけで特殊な加工を行ってきた町工場があったとします。どんな難しい案件も社長が見れば解決でき、会社は利益を出していました。

ところが、社長が突然倒れた瞬間、技術は再現できなくなりました。調合比率も、微妙な加工条件も、顧客ごとの注意点も、何ひとつ記録されていなかったからです。後継者がいても、引き継ぐべき経営資産そのものが残されていなかったのです。

問題は、継ぐ人がいないことだけではありません。他人が継げる状態に、会社を整えていないことです。

なぜ、経営者は仕組み化できないのでしょうか。

時間がないから。社員が育っていないから。任せると失敗するから。理由はいくつもあります。しかし、その奥には「自分が必要とされなくなることへの恐怖」が潜んでいることがあります。

「これは俺にしかできない」
「最後は自分が判断しなければならない」

その言葉は責任感にも見えますが、裏を返せば、会社が社長の承認欲求を満たす装置になっている可能性もあります。

「あなたしかいない」は、最高の褒め言葉ではありません。会社があなた一人に依存しているという警告です。

これからの事業承継は、親族に株を渡すだけでは終わりません。社員への承継も、第三者承継も、M&Aも増えていきます。

そのとき評価されるのは、社長のカリスマ性ではありません。

社長が明日いなくなっても、顧客との関係が続くか。品質を再現できるか。社員が自ら判断できるか。利益を生み続けられるか。

事業承継とは、相続税や株価対策だけで完結する話ではありません。社長個人の能力を、組織の資産へ変える仕事です。

まず、あなたが一か月会社を離れたら止まる仕事を、すべて書き出してください。それを「判断」「技術」「顧客関係」「人脈」に分け、一つずつ共有し、標準化し、複数の社員が担える状態に変えていくのです。

事業承継は、後継者を決めた日から始まるのではありません。

社長にしかできない仕事を、一つ減らした日から始まります。

経営者の本当の力量は、自分がいる間にいくら稼いだかではありません。自分が去った翌日も、会社が静かに、力強く、利益を生み続けているかで決まります。

自分を不要にすることは、経営者としての敗北ではありません。

それこそが、あなたが人生を賭けて築いた会社を、未来へ残すための最後にして最大の仕事なのです。

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