地域のリアル――金融機関が「ヒト」を動かす日

「ビズリーチ」を筆頭とするHRテック勢の快進撃が止まらない。
2023年のビジョナルの決算は、売上高が前期比3割増の562億円。ベンチャー投資の一服感による頭打ちの予想を鮮やかに覆し、日本の雇用流動化の旗手として君臨し続けている。 しかし、この華やかなメガプラットフォーマーの躍進は、日本のビジネスの「一面」でしかない。
その光が届かない地方の足元で、いま静かに、しかし決定的な地殻変動が起きている。地方銀行や信用金庫・信用組合といった地域金融機関による、人材紹介業への「兼業」参入だ。
厚労省のデータによれば、有料職業紹介の事業所数は10年で7割増え、2万8700カ所に達した。なかでも22年から23年にかけては、20近い信金・信組が雪崩を打ってこの市場に参入している。背景にあるのは、中小企業の雇用人員判断DIがマイナス40を記録するほどの、バブル期以来の「構造的人手不足」だ。
だが、ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ、おカネのプロである彼らが、畑違いの泥臭い人材ビジネスに乗り出すのか。そこには、メガプラットフォームには決して真似できない、地域金融ならではの「算段」と「思想」がある。
年収の4割は払えない。スペック信仰の限界
一般的な人材紹介サービスは、採用決定時に「想定年収の3〜4割」という高額な成功報酬を求める。大企業や急成長スタートアップにとっては効率的な投資であっても、日々の資金繰りに追われ、社長自らが現場を回している地方の100人、200人規模の中小零細企業に、そんな数百万の「一か八かのギャンブル」に投じる余裕などあるはずがない。
「人は足りない。しかし、テックを使いこなす時間も、手数料を払うカネもない」
これが地方の経営者の偽らざる本音だ。だからこそ、金融機関は「紹介料で儲けなくていい」という割り切りで参入する。紹介した人材によって企業の息が吹き返し、新たな融資が生まれ、既存の貸出金が適切に返済されれば、本業の金融ビジネスで十分にお釣りが出るからだ。
しかし、現実は甘くない。参入したものの紹介実績「ゼロ」の金融機関が乱立しているのも冷徹な事実だ。「数の論理」や「知名度」では、巨人に逆立ちしても勝てない。では、彼らの真の勝機はどこにあるのか。
「理想の誰か」を探すな。あるもので編み直せ
金融機関が持つ最大の武器は、登録者の数ではない。長年の融資取引を通じて築き上げた「社長の右腕としての深い信頼」と、企業の「全裸の財務データ・経営計画」そのものである。
彼らは、単に「営業職が欲しい」と言われたからと、スペックの合う履歴書を右から左へ流すような真似はしない。 「社長、いま御社に必要なのは、年収800万の正社員ディレクターではありません。5年後のビジョンから逆算すれば、いまの現場に必要なのは、週2日だけ動いてくれる都市部のDX副業人材です。それなら固定費を削りつつ、今あるリソースを最大化できます」
こうした、正社員の「獲得」ではなく、外部の知恵を借りて社内を組み替える「ブリコラージュ(寄せ集めて創る)」的な経営提案こそが、彼らの真骨頂だ。現に、京都信用金庫の「京信人材バンク」のように、正社員採用に固執せず、地域内外の「複業人材」をプロジェクト単位で地元企業に巻き込み、課題をピンポイントで解決する先進的な試みが成果を上げ始めている。
求められているのは、システムではなく「覚悟」
人手不足が一時的な景気変動ではなく、日本の構造的な地盤沈下である以上、中小企業が生き残るための処方箋は、洗練された採用プラットフォームにはない。
いま地方に必要なのは、理想のハイスペック人材を追い求めることではなく、今ある資源と、外の知恵をどう「編み直すか」という設計思想だ。おカネの出入りを握り、経営者の痛みを誰よりも知る地域金融機関が、ヒトの相談にも乗る。この「兼業」は、単なるビジネストレンドではない。彼らが地域と心中する「覚悟」の証明であり、地方創生の最後の生命線なのだ。伴走の本気度が、いま試されている。

